記事
画像集
スーパーでご婦人が「赤い顔って魚ですか?」と聞いたら、店員さんが真顔で上司を呼びに行った
2026/04/29

近所のスーパーで買い物していた時のこと。

夕方前で、鮮魚コーナーはそこそこ混んでいた。

私は晩ごはん用に何か買おうと思って、刺身の棚をぼんやり見ていた。

その時、隣にいた年配のご婦人が、パックをひとつ手に取って首をかしげた。

そして近くを通った店員さんに、ものすごく真剣な顔で聞いた。

「すみません、この“赤い顔”って、どんな魚なんですか?」

私は思わず値札を見た。

そこには、

「あかいかお刺身」

と書いてあった。

つまり「あかいか」のお刺身。

でも文字の並びだけ見ると、たしかに「あかい顔」に見えなくもない。

ご婦人は完全にそれを魚の名前だと思っている。

ここまでは分かる。

問題は店員さんだった。

普通ならそこで、

「あ、こちらは“あかいか”です」

と一言で終わる話だと思う。

でもその若い店員さんは、なぜか少し姿勢を正した。

値札をじっと見て、ご婦人の顔を見て、また値札を見た。

そして真顔で言った。

「少々お待ちください。上の者を呼んできます」

私は心の中で叫んだ。

いや、呼ばなくていい。

たぶん誰も呼ばなくていい。

ご婦人も「あら、そんな大げさなことじゃなくて」と言いかけたけれど、店員さんはすでに小走りで奥へ向かっていた。

数分後。

鮮魚担当らしき男性が、エプロンを直しながら出てきた。

若い店員さんが、ものすごく丁寧に説明している。

「お客様が、赤い顔という魚についてお尋ねでして」

その言い方で、私はもう無理だった。

赤い顔という魚。

新種みたいに言わないでほしい。

しかも上司の方も、最初は真面目な顔でうなずいていた。

「赤い顔……ですか?」

ご婦人はパックを見せながら、

「これです。赤い顔って書いてあるでしょう?」

と、まったく悪気なく言った。

上司は値札をのぞき込んだ。

若い店員さんも横からのぞき込んだ。

私も隣で見ていた。

その瞬間、上司の眉が少しだけ動いた。

たぶん気づいた。

でもさすが鮮魚担当。

そこで笑わなかった。

「こちらはですね、“あかいか”です」

と、ものすごく穏やかに説明した。

「赤い顔ではなく、あかいか、というイカのお刺身ですね」

ご婦人は一瞬ぽかんとしてから、値札をもう一度見た。

そして小さく、

「あらやだ。本当だわ」

と言った。

そこまではまだ耐えられた。

でも若い店員さんが、横で急に安心した顔になって、

「よかったです。赤い顔という魚ではなかったんですね」

と言った瞬間、私は完全に負けた。

棚の前で吹き出しそうになって、慌てて別の方向を向いた。

何がよかったのか分からない。

でも本人は本当に安心していた。

上司も少しだけ口元を押さえていた。

ご婦人は恥ずかしそうにしながらも、

「じゃあ、この赤い顔じゃないイカ、いただくわ」

と言って、そのパックをカゴに入れた。

それを聞いた若い店員さんが、また丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。“あかいか”でございます」

もうやめてほしい。

丁寧に言えば言うほど、こっちの腹筋がもたない。

そのあと私は別の刺身を買うつもりだったのに、気づいたら同じ「あかいか」を手に取っていた。

レジに並んでいる時、前にさっきのご婦人がいた。

ご婦人はレジの人に向かって、にこにこしながら言った。

「これね、赤い顔じゃないんですって」

レジの人が一瞬固まって、それから値札を見て、

「あ、あかいかですね」

と答えた。

ご婦人は満足そうにうなずいた。

「今日ひとつ賢くなったわ」

その言い方があまりにも平和で、私はまた笑いそうになった。

家に帰ってから、その刺身を食べた。

普通においしかった。

でも箸で一切れつまむたびに、あの店員さんの真顔が浮かんだ。

「赤い顔という魚についてお尋ねでして」

たぶん私は今後、スーパーで「あかいか」を見るたびに思い出す。

あの日、刺身売り場に一瞬だけ現れた、幻の魚。

赤い顔。

引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]